フィリピンのいくつもの顔。発展の、まさにその最中たるある種の勢い。
物質的な富と貧困。
アメリカ文化(どこに行ってもマクドナルド!)とフィリピン伝統文化。
スペインとアメリカと日本の、各々の統治時代と、そして「今」、“神”と(精)霊を感じる圧倒的な大自然、その悠久性とセメント文化的現代(社会)性。これら両極が、清濁併呑とでも言おうか、言わば、矛盾なく(?)相反しながらも相容れながら共存する国(愛すべき)フィリピン!
我々一行は、彼の国に2週間目の“膝栗毛”(笑)!疲れも出てきました。日本が、そして、家族がなつかしく・さみしくもなってくる頃。数十カ国に生徒引率経験がある私の経験では、「ムスっとして自分は不機嫌なんですよ、と主張する」か「他人に(正当論で)八つ当たりし始める」か。
やっぱりそれらがこの旅行でも出てきました(笑)!人間は、みんないっしょ、どこででもいっしょ。その時に何ができるか、それを見極めるのも教師の仕事、それを見守るのも教師の仕事。
その時でした!高等部3年・金基聖君から「みんな疲れているから、そんな時こそ声をかけあおう」と。
うれしい瞬間…!加えて、こうも言っていました。「僕たちは先生方より『若い』んだから、疲れの回復も早いはず」、と(笑)。
ありがとう、基聖君(笑)!?さすが、高校3年生ですね!
我々は、(所謂)ゴミの山で世界的に有名な『スモーキーマウンテン』、トンド地区へ(前日の台風で、ゴミの山が崩れる危険性と膝下まで溢れる水たまりのため、視察は断念…そのかわりに初代ゴミの山の視察へ!)。
現地のNGOによるオリエンテーションで“貧困”の現状と現実に関するレクチャーをたっぷり受け(やっぱりここでも全て英語・えいご・エイゴ・eigo…!)、案内されその現場へ。
海のすぐそばの(まさに波打ち際!)、住むには危険で不衛生とも言える場所に、ビニール袋と波で運ばれてきた木っ端でつくられたバラック小屋とも言える家々(と呼ぶには多少の逡巡が…)。
しかも、そこでは、前日の台風で波もまれた大きな船の錨が吹っ飛んできて、いくつかの家を壊し、一人の少年の命を奪ったと言う。
悲しいほどの現実、そして、現実の悲しい現実。貧困がさらに貧困を生/産む“負のスパイラル”。それはまさしく内容は違えど、小林多喜二の「蟹工船」の世界か!?
次に、カパス地区へ。IBS(イマニュエル聖書学校)を訪問。
そして、現地の公立中学校・高校の分校を訪問。含羞含む生徒たち。
なぜか懐かしく、数十年昔の日本を思い出すことしばし。そこで、我々の訪問の意図を伝えるべく、生徒たちのまたまた英語スピーチ。
トップバッターは、私たち旅団のムードメーカーたる高等部1年・河光希君!堂々としたしゃべりっぷりに、この研修の成果の一端を見ました。ここまで来ると生徒たちも英語にすこしずつ慣れ、話す内容もともなってきたように。
しかし、KISのことを英語で話そうとしても、今までその必要性に迫られなかったせいか、みんなしどろもどろに…課題を発見した瞬間でもありました。
その後、韓国人がオーナーの温泉施設へ(この地域は、有名な温泉地域。というのも、噴火で有名なピナトゥボ火山のお膝元。噴火の際のクレーター見学のトレッキングは、大雨と強風のためキャンセル…)。
知らない土地で得た同胞人のありがたさよ。
その施設に行かないチョイスをした私と高等部2年・都愛珉さんは、イマニュエル聖書学校に寄宿する女子中学生と女子高校生たちと、聖書の文言にまさしく囲まれたしずかな夜を過ごしました。
愛珉さんの日本のお菓子小袋作戦は、言葉が通じない海外でも非常に有効であると判明した時間でもありました。
…つづく…
(文責:池田千丈<社会科・進路担当教員>)